今日は、ただ思うこと…を書いていこうと思っています。
※長い文章になりますので、遠慮したい方は飛ばして頂いても大丈夫です。
幼い頃は、怖さもあり正直に言えないことは…
ウソをついてしまうことがありました。
あの時、とっさに出てしまうウソが…今までとても不思議でした。
ある人にだけに、ウソをついてしまう状況でした。
隠したい何かがある時だけ、ウソをついてしまっていました。
正直に発言しようとすればできたかもしれませんが、声にならずそれができなった状況は…
人間にとっては、とても追い込まれている状況なんだと感じます。
とても怯えて震えるような怖い状況なんじゃないかとも思います。
自身が、とっさにウソを言ってしまうのは…そんな状況に近かったんだと思います。
あるドラマのセリフで、こんなセリフがありました。
「いつの間にか精神的にも追い詰めてしまったから、苦しくなってウソをつかせてしまったんだね」と…
「相手に応えるために、傷つけないためにウソをつかせてしまったんだね。」と…
何気ないセリフでしたが、とても胸に響きました。
自身がその当時にとっさに出てきたウソは、精神的に追い詰められていたから出てきたウソなのかもしれない…とふと気づき何だか納得できた気がします。
追い詰めるほどにウソをつかせてしまうのは、本人にとっても相手にとっても良い状況ではありません。
知らないうちに、苦しい状況を自然に作り出してしまっている気がします。
ウソは、追い詰められている状況を何とか今よりも違う方向から回避しようという言動なのかもしれません。
人を傷つけてしまうウソも、人を傷つけないようにカバーするような優しいウソも…色んなウソがこの世界に混在しています。
どんなウソにもきっと、隠された意味があるように思います。
幼少時代についてしまった自身のウソは、きっと…
あまりの恐怖さの裏返しのような言動だったのかもしれません。
この経験から自身はこんな風に思います。
心も追い詰めてしまうほどの状況ほど、人はウソをついてしまうのかもしれないということ。
そうしないと、恐怖や苦しみの渦に飲み込まれてしまい…そこから脱出することができなくなってしまいそうだから。
ただ、そんな風に今は感じます。
※個人的な見解でしかありませんが…
この世界に混在するウソ。
優しいウソが、誰かの心を慰めることも…
可愛いウソが、誰かを笑わせることも…
とっさに出たウソで、人生を変えることも…
状況によって様々なウソに変化する言動が、あるということ。
一見ただの軽めの追求だったとしても、追い詰める状況や追求しすぎる状況が、人を追い込ませてしまい…
ウソという言動をさせてしまうこともあるのだと。知ってもらえたらと思います。
そのウソには、必ず隠された意味があるのだと…
最後まで読んで頂き、ありがとうございました。